コーダノート

今日を大事に。やりながら考える。いっぺんにやらない。いっこずつやる。

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フルボッコの砂場

今日は一日書きものをしていたのですが、
ふと「あ、このネタは形にして発表したらおもしろいんじゃないかな」
というものがひらめいたのです。
が、その直後に
「自分は『そのネタ』についてくわしくないから
 出したらたちまち考証とか設定とかぼっこぼこにされて
 非難轟々お叱り多数になるのではないか」と思い、
「であるなら、非難・お叱りが多数寄せられることを前提として
 自分は『このネタ』をどうしたらいいか」ということを考え始めました。

ほぼ「自動的に」といっていいほど、その方向で考えはじめていました。

……が、途中ではたと気がつきました。

「怒られない可能性だって、あるんじゃあないか?」

「それどころか、ウケて喜ばれる可能性だって、あるんじゃあないか?
 だからこそ、ひらめいた時、ワクワクしたんでしょ?」

ということに。

そして、
「もちろん非難・お叱りがくる可能性もある。
 ならば、その前に、その方面に詳しい人に見てもらえばいいだけのこと。
 できることをすればよい。
 できることをしてダメだったら、その時は手直ししたりとか、
 その次のできることをすればいい。次善の策というやつだ」

と思い直したのでした。



ここで注目すべきは、

「いいことを思いついた」
というひらめきの次に出た思考が、

「いいことがありそう!」というポジティブなものではなく、

「きっと問題がおきる」というネガティブなものだったということでした。

自動的に、そう考えるようになっていたのです。
おそらく、習慣的に。



砂場で遊ぶとき、手で砂場に溝を掘って、そこに水を流すと、水は溝の中を流れていきます。

あたかもそれと同じように、
「批判」「失敗」「叱責」「ダメ出し」にボッコポコにされるという
自動思考・認知の歪みが砂場の溝のように形成されてしまい、
そこに感情という水が流れていくうちに、ネガティブに染まっていくという塩梅。
我が事ながら、なんと哀れな。
今回は途中で我に返ることができたからまだよかったものの
気付かずに時間を無為にし、神経をすり減らしてきたことも、振り返れば多々。

どうしたらいいのやら。

砂場の溝を砂で埋めもどすように、人は変われるものでしょうか。

んなわけない。

でも、変わろうとする意志すらなければ、変わる可能性はゼロです。

一日一日の積み重ねで、少しずつ変えていく、変わっていくことを信じて。

いや、「一日一日」だと先々のことまで考えなきゃいけない感じで、重いな。

今日一日。まずここからでしょう。

長年かけて積み上げてしまった思考の癖。
まず一日、今日一日、立ち向かってゆきましょう。

慎重、といういい面もありますが、悲観するのはなしで、という風にいきたいものです。



あ。

『思いついたネタ』を形にして出せた時、いちばん発生する確率が高い状況は
非難でもお叱りでもなく「無反応」だってことは、わかってますからね。

でも、さすがにそれは悲しすぎるので、あえてここまで書かなかったのさ……。



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