コーダノート

今日を大事に。やりながら考える。いっぺんにやらない。いっこずつやる。

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160812(金) キレてなにもかもぶち壊しにしないための技術

23時就寝7時起床。
11日は一睡もできずに頭がおかしくなりそうだったので、久々の快眠が本当にうれしい。
時間も申し分なし、まごうことなき朝型生活。
とはいえ、体調的にはまだ70%くらい。まぁ、いつもは40%以下だからずっとよいのだけど。
早起きでき、なおかつ元気だと、いろんなことを午前中にたっぷりできるのでいい。
これ、これだよ。これが私が求めている健康的で文化的な生活というやつなんだよ。
というわけで、事務作業したり、台所や部屋の掃除をして過ごす。

午後はリハビリ施設へ。
今日はいろいろ考えさせられたし、非常に得るものが多かった。



なんの本だったかは忘れたが、
「日本人には、他人に傷つけられて怒ったり悲しんだりしたとき、
 そこで『もういい!』とコミュニケーションを断ってしまう人が多い。
 本当はそこからの『私はあなたに傷つけられた・怒った・悲しい』という対話こそがスタートなのに、
 スタートに立たずに爆発してぶち壊しにして、終わりにしまう」
と書かれていたのを読んだことがあったのを思い出した。

フローチャートにしてみると、

1:トラブル発生。感情を傷つけられた。

2:対話する。

3:何らかの解決・結論におちつく。


となるべきところが。

1:トラブル発生。感情を傷つけられた。

2:我慢する、耐え忍ぶ、内にためこむ。

3:爆発。キレる。暴れる。心を閉ざす。関係の断絶。

というふうになりがちだというのだ。

たしかに、その傾向はあると思う。というか、高倉健さんの任侠映画とかまさにこのパターンで、

1:悪いやくざが悪いことをして市民やいいやくざを苦しめる

2:我慢する、耐え忍ぶ。

3:爆発。キレる。もう我慢ならねぇ。死んでもらいます。

となっているわけで、こういう作品が多数作られてきたということは、
日本人はこういうありよう、こういう生き方が大好きだということなのであろう。

だが、それでなにが起こるかというと……「人間関係(場合によっては人生そのもの)の崩壊」である。
職場で爆発したら、解雇とか退職とかになるし、
家庭で爆発したら、離婚とか別居とかになるし、
友人間で爆発したら、絶交とかになる。



「対話すること」「言語化すること」は、本当に大事である。

「こんなこと言ったら嫌われるかな」「変に思われるかな」
と気おくれすることもあるかもしれないが、
溜め込んだあげくに爆発したら嫌われるとか変に思わるどころの騒ぎではなくなる。

対話は、不満や疑問を提示することで、改善・解決に向けて試行錯誤するプロセスである。
もちろんうまくいかないこともあるだろうが、納得感は確実に深まるであろう。
得られたのが、「わかりあえないことがわかった」というような結論であっても、十二分に大きな収穫となる。

とはいえ、日本は(少なくとも、私が学生だった時点では)ディベート教育が貧弱なので、
「言動に対する批判・疑問」を「人格に対する批判・疑問」と感じてしまう人が多く、
「私の言った(した)●●への意見」ではなく「私自身への意見」ととらえてしまうらしい。
例えば、「何について叱られたか」ではなく、「叱られたことじたい」について思い悩んでしまうとか。
それに、「対話」や「言語化」というのはたいへんタフな作業であり、
そのための技術を習得するには、一定のトレーニングが必要でもある。

自分の場合はたまたま、異議あらばすべて言語化して対話・議論せよと求められる、
「察して」とか「空気呼んで」ということがまったく通じないちょっとアレな家庭環境で育ったので、
否応なしに思考・感情の言語化を鍛えられた面はある。

が、「察する」「空気を読む」「我慢する」で生きてきた人がいきなり
「対話」「議論」「指摘・批判・反論」の世界にきたらつらいだろうなとは思う。

いずれにせよ、「溜めこむ→キレる→大惨事」というのは避けるに越したことはない。
そのためには、「表現力」と「対話する力」を養うことが大事である。

じゃあ、どうすればそれが養えるのさ、という話になると、
とりあえず、自分の手持ちの知識の中から出せるのは
「認知行動療法のトレーニングは病気じゃない一般の人にも効くらしいよ」
くらいしか言えないのだが。





あ、あと、カーネギーの名著「人を動かす」もいいかもしれない。
コミュニケーションに関する超ロングセラー。





もうひとつ。「対人」だけでなく「対組織・慣習など」について思うところを書く。

「上の人が決めたので」「前からこうしてたから」
「なんか物足りないけど、これでいいのかなあ……」
というなぁなぁの空気は、じわじわと場の活力を奪い、思考を停止させ、どんよりと人の心を重たくさせていく。
「それなんでそうなってるんですか?」「それ変えられませんか?」
と勇気を持って、紳士的に「対話」する。
これが自由闊達にできる場というのは、いきいきとみずみずしさを持ち得るように思う。



……どうも「空気」ってやつこそが、この国における最大の「抵抗勢力」に思えてきた。
「和は乱さないけど、空気は適宜かきまぜる」くらいのバランスがとれると、割といいのではなかろうか。
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