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コーダノート

今日を大事に。やりながら考える。いっぺんにやらない。いっこずつやる。

「シン・ゴジラ」については何を書いても野暮になるのだけれど

7月末に友人と「シン・ゴジラ」を観てきた。

うまいことIMAXの大スクリーンな劇場で観ることができたのだが、いやはや、なんともすごい映画だった。

思うことはいろいろあったのだが、うまく言語化できないので、ツイートを集めた記事とさせていただく。
ネット時代の感想・評論というのは「誰よりも早く、誰よりもうまいこと言った奴が勝ち」みたいなところがあるが、
この映画に関しては、小器用に立ちまわるよりも、
頭と心のなかでじっくりじわじわ寝かせて熟成させておきたい気持ちがある。
(単にうまい記事を早く書けないだけというのもあるのだが、そこを思いつめるとつらくなるので触れないでほしい)

以下、ネタバレ要素があるので、ご注意ください。






受け狙いとか頭のよさアピールのために「わかったような態度」とか「うまいこと言う競争」をして
favやいいねを集めようとするよりも、じっくりしつこく頭と心で反芻したほうがいいと思った。
特に政治的な意見については、ぐっといったんこらえたほうがいい。
よくよく考えて味わうに足る映画だと思う。













私利私欲にまみれた政治家とか、自己保身に走る官僚とか、戦争をしたがる自衛官とか、
「わるもん」をつくろうと思えばいくらでもつくれる話ではあった。
そういう「わるもん」を「いいもん」がこらしめて、ゴジラもやっつけて、
日本は再び平和になりました、めでたしめでたし、という話にすることもできた。
が、それはしなかった。
腹に一物抱えた人物も無能な人物も、みなそれぞれの立場において「なんとかしよう」とした。
ここに「人間への希望・期待」というべきものを感じた。
単純なハッピーエンドでないことも「人間への課題、問いかけ」と受け取った。
ゴジラは画面の向こうから我々に「おまえならどうする? おまえはこれをどう思う?」と常に問いかけている。
あの、うつろでおそろしい瞳で。




庵野監督は自分が「エヴァの庵野秀明」であることを最大限に利用してこの作品を作ったと思う。
「嫌でもついてまわる肩書ならば、いっそ利用してしまえ」という。
これは非常にクレバーで生産的な姿勢だと思う。
この作品の主人公のうち二人は「親の七光りと自身の才能」を車の両輪としてのし上がった者たちだが、
庵野監督も「エヴァの七光りと自身の才能」を作品のクオリティ向上においても
プロモーションにおいてもフルに活かしたと思う。
「(過去の)栄光」というものは時には厄介でめんどくさいもので、人を破滅や不幸においやることもあるが、
シン・ゴジラにおいては、見事に有効活用されていた。










政治的な部分を切り取って喜んだり怒ったりするのは、ちょっと違うんじゃないかな、と思う。
そこのところこそ、じっくりと頭の中で寝かせて考えるべき部分だと思う。
政治スタンスが違う相手を叩いたり煽ったり嗤ったりする道具に使うべきではない。




「経験や知識によって見方が変わる」というのは、まさにそのとおりだと思う。
ゴジラを観ている我々がゴジラに観られている。何を受け取るかが問われる。
そういえば、昔の劇場版エヴァでも「客席の観客が映しだされるシーン」があった。
庵野監督は、あの時も、今回も「問い」を投げかけようと思って作っていたのだろうか。




蒲田のあいつ、びっくりするしたよねぇ……サプライズで登場した新怪獣かと思ったよ。
蒲田駅前を大封鎖して撮影していたとは知らなかった。




自分は特撮詳しくないのだが、田舎に大怪獣が現れる話ってどのくらいあるのだろう。




撮影してみました。
蒲田近辺の商店街のあちこちにあります。



以上。

満足度が高すぎて、逆に「1回観たらもういいかな」という気分になってたのだが、
観てから約二週間たった今となっては「もうちょっと掘り下げたいかなー」という気持ちになってきた。
なので、たぶんもう一回観に行くと思う。
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テーマ:ゴジラシリーズ - ジャンル:映画